私は一度死んだことがある

夫の不倫をきっかけに、いろいろな事をいろいろな角度から考える

指導者になりたい理由が残念な人

夫の不倫相手女は30代になってから、
指導者になろうと決意した。

しかし、
その女が保有している資格とは無関係の指導者だ。

それまでその女は、
その資格を保有することで、
その道のプロとして収入を得ていた。

それを封印して、
別のジャンルの指導者になりたいというのだ。

しかも教える内容は、
ここ最近の数年間に、
習い事レベルで勉強したものばかり。

要は、素人レベルでしかないものを、
他人に指導したいと言い出したのだ。

……………
おそらくその女は、
他人から構われたいのだ。

会社での人間関係構築が上手くいかなかった。
無駄に敵を作り、自分の居場所を失った。

友達がいる様子が無いので、
学生時代も孤立していて、
寂しい思いをしていたのだろう。

そこで思い付いたのが、指導者になること。

指導者になれば、
教えられる側の人達が、
「先生、先生」と言って慕ってくれる。

そして教えられる側の人達は、
その女の話を熱心に聴いてくれる。

教えられる側の人達は、
何か教えてもらいたくてお金を払っているから、
講座終了まで離れていかない。
……………

確かに、とてもいい案だ。

教える人と、教えられる人、
という構図は、
強者と、弱者、
ということでもある。

強者は、
弱者からあれやこれやと持ち上げられ、
ある意味、支援される側である。

そして、
「チカラワザ」に頼るという、
その女の基本的概念にも繋がる。

この女は、
指導者という強い立場を悪用し、
自分が孤立しない構図を作りたかった。

この女はただ注目されて、
尊敬されるべきワタシがここにいるよ、
ということを、
はっきりと感じとりたいのだ。

普通の仕事では、
仕事振りが秀でている人や、
人間的に好かれる人でないと、
注目されたりチヤホヤされたりしない。

その女はそれまで、
そういう突出するものはなく、
それどころか煙たがられ、
敗者の気分を味わってきた。

その女は、
指導者ではない時間帯は、
他人から欲しい量の関心を集められない。

でも何としてでも、
たくさん気にしてほしくて、
たくさん関わってもらいたい。

そういう小賢しい目的で、
指導者になりたいと切望した。

そんな人は、
指導者になるべきではない。

スキルもカリスマ性も、
他人に有益なことを伝えたいという、
内からわき出る温かい気持ちもない。

ただ自分が、
他人に構ってもらいたいだけなのだ。

そして残念ながら、
その方法で本当の満足は得られない。

なぜなら、
同僚の指導者達の中に入ると、
「ニセモノぶり」が炙り出されてしまうのだ。

本物の指導者と並ぶと、
昔感じた居心地の悪さを、
また嫌でも感じることになるのだ。

その女は、
それでも今の立場を続けられるだろうか。
そんな根性はあるだろうか。

10年近く、
その女の奮闘を傍観していた私の夫の見立ては、
「当然無理。すぐに自爆する」

さすがその女のことを、
よーく解っていらっしゃる。