私は一度死んだことがある

夫の不倫をきっかけに、いろいろな事をいろいろな角度から考える

独身女が、私の夫に目を付けた時

その独身女はある時、
ひとりの男と出会った。

社内会議で時折顔をあわせるその男は、
とても魅力的に思えた。

他の同僚とコミュニケーションが上手くいかず、
孤立に近い立場だったその女に、
その男は優しく話し掛けてくれた。

その男は外交的で機転が利くので、
社内の人気者のひとりだった。

しかしその男がその女に優しくしたのは、
社内営業のひとつでしかなかった。

その男は、
自分が人気者であり続ける為に、
誰でも平等に楽しげに接することを心掛けていた。

その男は既婚者で、
社内でプライベートの話になると、
妻のことを褒め子供の成長が楽しみだと、
円満な家庭を持っていることをアピールしていた。

その男の家庭が上手くいっているという話を
はっきり聞いたのにも関わらず、
その女は「その男と関係を深めたい」
という気持ちになった。

正しく言えば、
そういう羨ましがられるような家庭があるからこそ、
「その男を自分のものにしたい」
という欲望が激しく出てきた。

誰にも選ばれていない男性には
魅力を見出だすことができない。

その女は、
他の女性から生涯のパートナーに選ばれ、
自慢できる家庭を築いた実績に目を付けた。

皆から一目置かれるその男に
価値を感じた。

「その男なら、
ワタシを幸せな妻にしてくれるかもしれない、
ワタシが、その妻のポジションに収まりたい!」
その女は切望した。

その男の妻と、その女は、
違う人間だという認識が欠落していた。

その男ひとりに力があるから、
幸せな家庭を築けているのだと、
間違った考察をした。

夫婦が揃って力をあわせているから、
幸せな家庭を築けている、
というところまで考えが及ばなかった。

その女は、
その男の妻が羨ましかった。

その男の妻は、
夫の功績のお陰で、
その女が欲しいものを沢山持つことができたと、
勝手に想像を膨らませた。

ワタシはこんなに頑張っているのに、
ワタシはこんなに耐えているのに、
悲しい気持ちになるばかり。

地道に努力しても、
周りの人は私を評価してくれない。

だけどその男は違う。
ワタシに優しくしてくれる。

その男は、
ワタシを幸せにしてくれる運命の人かもしれない。

その女は、
自分で自分を幸せにする、
ということに絶望を感じていた。

本人は努力しているつもりだろうけど、
的が外れていては意味がない。

不正解の方向に、
しかも時によって向かう角度が変わり、
方向が定まらない。

そういうミスが重なって、
結果として的外れになっている、
という認識ができないのだ。

ひとりで生きていくのに疲れたその女は、
自分がひとりで乗っているボロボロの船から、
しっかりした人が仕切っている、
強そうな船に乗り換えたかった。

オセロの駒を、
黒から白へ、
一気にひっくり返して大逆転したかった。

そして今、
理想の男が目の前にいて、
ワタシのことを心配してくれている…

その女は、
その男がいつか、
「自分を選んで側に置いてくれるかもしれない」
という期待を胸に、
その男との距離を詰めよう考えた。